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 □ 今日は建国記念の日     

国民の祝日に関する法律(祝日法、昭和23年7月20日法律第178号)第2条は、建国記念の日の趣旨について、「建国をしのび、国を愛する心を養う。」と規定している。


ウィキペディアより

拍手[2回]


+ + + + + + + + + +
「建国をしのび、国を愛する心を養う。」の主旨からかなり遠くなった感がありますが、今日は国旗掲揚されましたか?と、掲揚された日の丸を見て思います。


紀元節も、紀元も最近ではあまり聞かなくなりました。
私も自宅の前の皇紀2601年の石碑、八紘一宇を毎日見ているから意識しているだけなのかもしれません。


建国記念の日の制定には


紀元節復活に向けた動きは、1951年(昭和26年)頃から見られ、1957年(昭和32年)2月13日には、自由民主党の衆議院議員らによる議員立法として「建国記念日」制定に関する法案が提出された。しかし、当時野党第一党の日本社会党が「建国記念日」の制定を「神武天皇即位の年月は、歴史上、科学的に根拠が薄弱であり、今後学問的検討を待って決定すべきではないか」「過去において、神武東征の物語りが、征略国家として支那事変、大東亜戦争において利用され、偏狭なる忠君愛国の教育とも相待って、日本の進路を誤まらせたものではないか」などと批判し、「建国記念日」の制定が保守政党の反動的行為であるという理論を繰り広げて反対した為[3]、衆議院では可決されたものの、参議院では審議未了廃案となった。

その後、「建国記念日」の設置を定める法案は、9回の提出と廃案を繰り返すも、成立には至らなかった。結局、名称に「の」を挿入した「建国記念の日」として“建国されたという事象そのものを記念する日”であるとも解釈できるようにし、具体的な日付の決定に当たっては各界の有識者から組織される審議会に諮問するなどの修正を行い、社会党も妥協。1966年(昭和41年)6月25日、「建国記念の日」を定める祝日法改正案は成立した。



とありますように、約10年がかりで当時の自民党衆議院議員団によって達成されました。
この当時の労苦を偲びつつ、今一度日本国民としての自覚と、愛国者たる気概を忘れてはならんと思います。


ちなみに関係は無いですが、Patriot(パトリオット)とは愛国者・志士・憂国の士という意味です。
今後もパトリオットれるように、毎日の石碑を見つつ、頭の片隅に常に意識しておきたいです。
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